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2017.9.14 ある問い合わせの電話で考えたこと

先日、突然遠方からの電話がありました。

自分の著書「ペースメーカー手術」に対する問い合わせでした。

医療関係者ではなく、ペースメーカーの植込み手術を受けたかたのようでした。

最後の章で私は「ペースメーカー植込みに関する訴え」について

「これらの訴えはときにはペースメーカーの植込みには直接関係ないものもある」

と記述しました。

この記述に関して、その電話のかたは「植込みと関係あるものもありますよね」と

ご自身の体験の一部を話されました。

詳細な状況は把握できなかったが、ペースメーカー植込み後なんらかの重大な問題があり、それで悩まれていることが言葉の端端から感じとれました。

遠くに居られる、医療関係でないかたが自分の著書を読まれていたことは驚きでした。

自分の著書を細かく読み、そこで感じたことを連絡していただいたことはとてもうれしく思いました。

ただ同時に記述している言葉・内容に大変「重い責任」を感じました。

現代はツイッター・フェイスブックなど「気軽に」記載し発信できるものがありますが

あらためて言葉と表現の「奥深さ」を考えさせられました。

 

最近はいろいろなところで「言葉と表現の軽さ」によるトラブルが多いと感じます。

政治家の発言でさえ言葉や表現の重みが感じられなくなっています。

 

朝令暮改は朝出した命令が夕方にはもう改められる、との意味のようです。

子供時代であれば、朝言ったことを夕方に変えても許されるでしょう。

様々なメディアからの情報は短期間で変化し、膨大で選択が難しいことが多いです。

元来インターネットは情報を「手軽に」発信できますが、落とし穴が潜んでいます。

気持ちのゆとりと何より寛容な心が大切ではないか思います。

できることは限られますが、「言葉の重み」常に考えていたいと思います。

ドクターブログ | Posted by doctor